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入場券の半券で歴史と立ち会う [オペラとミュージカル]

ステージ・ミュージカルの面白さを知ったのはもう50年以上も昔のことです。昭和40年(1965)1月、中学1年生でまだ13歳の時にひとりで、日比谷・芸術座での『サウンド・オブ・ミュージック』を観たのがきっかけです。

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誕生日を迎えて14歳になったその年の暮れに、東京宝塚劇場で『王様と私』の千秋楽を観劇します。昭和40年(1965)12月27日のことです。

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越路吹雪と市川染五郎(現・九代目松本幸四郎)の共演で、私にとって染五郎とは歌舞伎役者ではなくてミュージカル俳優として運命的な出会いとなりました。

その後昭和42年(1967)9月12日に帝国劇場で『屋根の上のヴァイオリン弾き』を観劇。

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市川染五郎は仕立て屋モーテル役を演じ、歌いました。

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この初演から今年で50年を迎えて来月記念公演が東京で上演されます。もちろん私も見に行きますが、50年の年月はアッと言う間ですね。

さらにセンセーショナルなステージが『ラ・マンチャの男』、初演は同じく帝国劇場で昭和44年(1969)です。4月6日、18歳で観ております。s-1969.04.06 ラ・マンチャの男 01.jpg

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九代目松本幸四郎を襲名後も再演が続いております。

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私がそれらの舞台に魅せられてから半世紀、来年(2018)1月には九代目松本幸四郎から二代目松本白鸚を襲名することとなりました。同時に長男の現・市川染五郎(七代目)が十代目松本幸四郎に、染五郎の長男・四代目松本金太郎が八代目市川染五郎を、それぞれ襲名することとなり、親・子・孫の三代、堂々の襲名披露が行われます。親と子、二代の襲名は数ありますが、三代同時襲名となると中々ありません。染五郎から幸四郎へ、そして白鸚へと、その舞台・藝に接することができる事に喜び以外何もありません。人生に、生きていることに、感謝です。大好きなミュージカルの入場券の半券を辿って歴史に立ち会えるのです。

さらにもうひとつ大きな歴史となることがあります。私が17歳高校3年生の春、ロンドン・ミュージカルの『オリバー!』の引っ越し公演が帝国劇場で行われました。

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昭和43年(1968)5月5日、子供の日が初日でした。この日帝劇入口には、道路際から緋毛氈が敷き詰められおりました。今で言う“レッドカーペット”です。初日だからなのかなぁ~、と思いつつその上を歩いて入場しました。

2階席での観劇後ロビーに出ると人だかりがしており、ミーハーの私は人ごみの中に進むと何やらカメラマンが写真を撮っておりました。その時の写真が公演後半に再編集されたプログラム(パンフレット)に掲載されております。

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初日の舞台を、現皇太子殿下の浩宮徳仁親王が観劇されていたのです。プロデューサーのドナルド・オルベリー夫妻を後ろに、ステージ衣装でオリバー役のダリル・グレイザーとジョン・マークと握手をされております。なるちゃんと呼ばれて親しまれていた半ズボン姿の浩宮様は当時8歳です。私の目の前におられた小さな少年が、再来年(2019)4月に天皇に即位されます。50年の年月が大きな歴史を刻み、入場券の半券から様々な歴史に立ち会えるのです。

興味を抱くとのめり込んでしまう私です、この『オリバー!』も千秋楽を含み4回観劇した記録が残っています。

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年をとってもこのミーハーさが元気の源なのでしょうか…?




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ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』50周年の歴史 [オペラとミュージカル]

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昭和42年(1967年)9月12日、私がミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』と出会った日です。日本初演となる公演で私はまだ16歳高校2年生の秋で、それから丸々50年が経ちその記念公演が12月に催されます。

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制作発表も行われました。

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中学生の時からオペラやミュージカルに興味を持ち、ミュージカルにおいては様々な日本初演の舞台に接しております。中でも『王様と私』『屋根の上のヴァイオリン弾き』『ラ・マンチャの男』が私のお気に入りで、『レ・ミゼラブル』や『ミスサイゴン』へと続き、現在でもできる限り観劇を楽しんでおります。手元にある『屋根の上のヴァイオリン弾き』を紹介します。まずはパンフレット(公演プログラム)の数々です。

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続いてチケットの一部です。

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s-『屋根の上のヴァイオリン弾き』チケット 2006.02.21日生劇場.jpg

レコードは4種類あります。まずは50年前に帝劇の舞台を観てから購入したオリジナル・ブロードウエイ・キャスト盤です。

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ノーマン・ジェイソン監督の映画を見てサントラ盤を購入。

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1977年10月に名古屋・中日劇場で収録された実況録音盤、LPレコード3枚組となっております。

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最新盤としては、昨年2016年にブロードウエイでリバイバル上演されたニューブロードウエイ・キャストによるCDです。

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12月の50周年記念公演は、18日の月曜日のチケットをすでに購入してあります。1階席前から6列目の中央で今からとても興奮しております。初演の舞台の演出や振り付けの一部がまだ脳裏に焼き付いております。役者は変わっても作品そのものが素晴らしいので、何回観ても飽きることはありません。生の舞台の醍醐味をはやく味わいたいものです…

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わが青春のテノール『ニコライ・ゲッダ』 [オペラとミュージカル]

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新聞の片隅に小さな訃報が載りました。(2月12日 朝日新聞)

たった8行の小さな小さな記事ですが、私にとっては重大事件です。ニコライ・ゲッダ(Nicolai Gedda)は私の青春時代を鮮やかに彩ってくれたテノールです。

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生まれて初めて買ったオペラのレコードはプッチーニの『ラ・ボエーム』で、15歳高校一年生の時でした。ミルレラ・フレーニのミミにロドルフォがニコライ・ゲッダです。

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アナログLPレコード2枚組で豪華なBOXに入って、50年前で4000円しました。この演奏は大好きで今ではCDに入れて聴いております。

解説書に録音風景とゲッダの写真がありますので紹介します。

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当時私は同い年のウィーンの女の子と文通をしており、16歳の誕生日にモーツアルトの『魔笛』のレコードをプレゼントされました。

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指揮はオットー・クレンペラーで、ゲッダがタミーノを歌っております。

昔は軽量の封書でも、ウィーンまで航空便で1週間くらいかかりました。このレコードは南回りの船便で一か月を超える長旅をしてきました。荷物室など冷房が効いているわけではありませんので、我が家に到着した時レコードはクナクナに反り返っており、聴ける状態ではありませんでした。大量の新聞紙で挟み、大きな本で重しをして一か月、ようやくレコード針が飛ばないくらい平たくなりました。半世紀が経っても忘れられない思い出です。当然ですが今はCDに入れてあります。

ニコライ・ゲッダは素直で優しい歌声です。ルチアーノ・パヴァロッティやジュゼッペ・ディ・ステファーノなど強烈なインパクトがあるわけではありません。それが故にいろいろな役柄を歌いこなせるのだと思います。人並み外れた声域も見事で、安心して聴いていられます。

我が家のオペラ・ライブラリーも徐々に増えてゲッダのアルバムとしては、

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『椿姫』のアルフレードに『カルメン』のドン・ホセ、

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マリア・カラスとの共演は『蝶々夫人』のピンカートンもあります。指揮はカラヤンです。

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録音はすべて50年代から60年代で、私が生まれて間もなくから小学生の時代です。オペラの入門編と言えるべき名作ばかりですが、今でも聴いているお気に入りです。クレンペラーやカラヤン、カラスにパヴァロッティ、ディ・ステファーノ、みなさんすでに次の世界へと引っ越しをされており、ゲッダも逝ってしまいました。寂しい限りですが“録音”が残っております。我が家のオペラ・ハウス(?)でこれからも楽しむつもりです。

ひとつ大変なことに気が付きました、現在我が家にいるマリオ・カヴァラドッシとカラフ王子がゲッダではありません。無性にゲッダの『トスカ』と『トゥーランドット』が聴きたくなりました。早速買いに行きましょう…!

子供の時にオペラの楽しさを教えてくれて、その後の人生を豊かにしてくれたニコライ・ゲッダに感謝しております。ご冥福を祈るばかりです…

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東宝ミュージカル 2017 [オペラとミュージカル]

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写真はミュージカル『ミス・サイゴン』を上演中の帝国劇場前です。ミュージカルの舞台は中学生から、オペラの舞台は高校生になってから、それぞれ親しみいまだに楽しんでおります。劇団四季のミュージカルや海外からの訪日公演などはない時代で、東宝が上演する翻訳舞台だけがブロードウェイ・ミュージカルとの接点でした。

東宝が制作した日本初のブロードウェイ・ミュージカルは1963年の『マイ・フェア・レディ』で、キャストを替えていまだに上演される大ヒットミュージカルですが、残念ながら当時私は幼くてその舞台は観ておりません。その後、東宝は続々とブロードウェイ・ミュージカルを翻訳上演します。中学生になった私は、『サウンド・オブ・ミュージック』『王様と私』『心を繋ぐ6ペンス』『屋根の上のヴァイオリン弾き』や『ラ・マンチャの男』などなど日本初演の舞台を味わい、ミュージカルの醍醐味に浸る事となります。

多くはお堀端の帝国劇場での上演で、新しく建て替えられて今年で50年になります。戦前に建てられた旧帝劇は全く知りません。華々しく開場した今の帝劇で、杮落としの『東宝歌舞伎』や『風と共に去りぬ』の舞台も記憶に残っております。現在上演中のミュージカル『ミス・サイゴン』も50周年記念としての公演です。日本のミュージカル界に大きな功績を遺す“東宝”が、来年2017年に上演するミュージカルのラインナップが発表されました。一部を紹介します。

まずは4月の日生劇場は市村正親・主演で『紳士のための愛と殺人の手引き』です。

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5月から7月は帝劇で『レ・ミゼラブル』日本初演30周年記念公演です。

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続く7月から8月も帝劇でキャロル・キングの半生を描く『Beautiful』です。

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12月は日本初演50周年記念として『屋根の上のヴァイオリン弾き』が日生劇場で再演されます。

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このチラシを手にした時、真っ先に“50周年”の文字が目に飛び込みました。もう50年か…、しみじみと感じてしまいました。昭和42年(1967年)9月日本初演のステージに高校2年生で出会い、その感動がまざまざと思い出されました。

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“東宝設立35周年記念公演”と銘打った公演でした。チケットの半券やパンフレットが手元に残っております。その後も、森繁久彌のテヴィェを何回観たことか…

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来年50周年として再びこの名作に出会えることに心躍ります。あと1年後、来年のことを言うと鬼が笑うかも知れませんが楽しみです。それまでまずは健康第一かな?…


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渡辺謙 ミュージカル『王様と私』CD [オペラとミュージカル]

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渡辺謙さんが出演したブロードウエイ・ミュージカル『王様と私』のCDを購入しました。初のミュージカルで、しかもトニー賞主演男優賞にノミネートされる、など昨年春に多いに話題になったステージのアルバムです。

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ミュージカル『王様と私』は、私が生まれた1951年にブロードウエイで初演されて、55年に映画化、日本での上演は65年、私が14歳の中学生の時でした。私にステージ・ミュージカルの楽しさ、面白さを存分に知らしめた思い出の作品です。

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アンナ・レオノウエンズ役に越路吹雪、王様役に市川染五郎(現・幸四郎) が演じました。

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当時、観劇後に購入したのが64年夏にニューヨーク・リンカーン・センターで上演されたキャストによるLPレコード盤で、日本では65年に発売されました。

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期せずして、それから半世紀・50年の年月が経って同じリンカーン・センターで上演されたキャスト盤CDを手に入れたわけです。 ジャケットのトップに“THE 2015 BROADWAY CAST RECORDING”とあります。この最新録音盤を聴くとまず楽曲のアレンジがそれまでのものと全く違っている事に気がつきます。従来の作品をそのまま再現するのではなくて、時代に合せて新しい作品に仕上げている事が感じられます。さらに、渡辺謙さんをはじめ、東洋人役はアジア人の役者さんが実際に演じている事が聴いてとれます。実際に現地ブロードウエイでは、主役、脇役に限らず役柄に合せて各国の役者さんが活躍する事が主流になっているようです。日本人の出演がこれからはさらに期待できそうです。

キャストの一部を紹介します。隣国からの使者ルン・ター役にコンラッド・リタモラ(日本初演・立川澄人) に、その恋人タプティム役にアシュレイ・パーク(同・淀 かほる)。アシュレイ・パークはトニー賞でミュージカル助演女優賞を受賞。

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王様の第一夫人・ティアン王妃役にラシー・アン・マイルズ(同・南 美江)、

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チュラロンコーン王子役にジョン・ヴィクター・コルプス(同・岡崎友紀)、写真手前、

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王子、王女の子どもたちまで東洋系の子役さんが選ばれております。

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この2015年版は、トニー賞ミュージカル・リバイバル作品賞、主役のアンナ・リオノウエンズ役のケリー・オハラがミュージカル主演女優賞、さらにミュージカル衣装デザイン賞を受賞しております。実際のステージが、50年前の日本初演版とどのように違うのかぜひ拝見したいものです。

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舞台の素晴らしさは、生の人間が目の前で演じてくれる事。 一生懸命に演じてくれるほど、見ている私はウルウルしてしまいます。私をウルウルにさせるステージ、早くなにか観たいなぁ~!‥  

 

 


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ミュージカル『ラ・マンチャの男』帝国劇場 千秋楽を観る [オペラとミュージカル]

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10月27日、日比谷の帝国劇場でミュージカル『ラ・マンチャの男』を観てきました。s-ラ・マンチャの男2015 帝劇外観.jpgs-ラ・マンチャの男2015 帝劇千秋楽.jpg

千秋楽でもあり、満員の客席は期待と興奮で賑わっている事が感じられます。普段、平日の昼の部ですと、ほとんどが女性客で埋め尽くされておりますが、この日は私と同年齢かそれ以上の年齢と思われる男性客がかなり多く見受けられて、多少めずらしさと異様ささえ感じてしまう程でした。私と同様に、幸四郎のラ・マンチャに魅せられたファンの方々だと思われます。

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日本初演は1969年4月、私が18歳の時で市川染五郎の時代です。翌年ブロードウエイの舞台に出演、さらに松本幸四郎を襲名して現在に至り、46年の年月をひとりの役者が主役を演じ続けております。ブロードウエイのステージを除いて、何回この舞台を観賞したか、数え切れません。地下牢という密室で様々なシーンが展開されて、劇場の何もない空間がイマジネーションの世界へと導かれます。“『ラ・マンチャの男』には、すべて(のおもしろさ)がある!”との英語評に納得です。劇場内と外壁に大々的に宣伝されておりました。

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カーテンコールは当然のようにお客様のオール・スタンディングで、現在の帝国劇場が来年で50周年を迎え、ラ・マンチャも劇場と同じような歴史を持っていることが幸四郎のスピーチで報告されました。これからも帝劇と共にラ・マンチャも歩み続けたいとの希望が述べられると、客席からは熱狂的な拍手が贈られました。出演者全員で劇中歌『見果てぬ夢』が合唱されて、極め付きは幸四郎による英語バージョンのソロです。歌舞伎公演ではないために、屋号ではなくて“ラ・マンチャ!”の掛け声が客席から飛び交う、一種独特な熱狂を存分に味わう事ができました。

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1969年の初演時に撮られたスチール写真です。撮影は篠山紀信氏で、46年を経て再び脚光を浴びている一枚です。

私の座席のまん前に高校2,3年生と思われる女子生徒がひとりで観劇しておりました。学校の制服姿でカバンを手にしておりましたので、午前中に授業が終わり観劇にきたのかも知れません。演劇部に所属か、大のミュージカル・ファンなのでしょうか、鮮やかな朱色のオペラ・グラスで熱心に観ておりました。ちょうど46年前に私が初めて観た年齢に似ております。彼女がどのような感動を得たのかわかりませんが、彼女の演劇史に大きなポイントを残したことに間違いはないでしょう。

私はこの年齢になり、劇中のアロンソ・キハーノ=ドン・キホーテの行動が、気違いではなくて現代の認知症ではないかと初めて気がつきました。18歳当時では考えられなかったことです。亡くなった母も、義母も現在認知症を患っております。年明け早々65歳になる私もドン・キホーテに近づいているのでしょうか。怖いようでもあり、楽しいようでもあり、複雑な心境です。

初演から比べると歌唱法も変わり円熟した幸四郎のラ・マンチャ、次回はいつ観られるのでしょうか。今から楽しみです…

 


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“おかわりぃ!”少女の感性に感服 [オペラとミュージカル]

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朝日新聞朝刊に連載されている『折々のことば』、10月12日掲載分です。このコラムは、古今東西、老若男女、地位や年齢に関係なく、知的に訴えかける“ことば”が紹介されています。

この日は“孫”が不意に発した“おかわりぃ!”のひと言です。著者で祖父の鷲田清一氏は、アート、芸術の普遍性を訴えておりますが、私はむしろ孫の少女の感性を褒め称えたい思いです。推測すると幼稚園児か小学校低学年くらいの年齢かと思われます。彼女の語彙の引き出しにはまだ“ブラボー!”の言葉がありません。大好きなお気に入りを欲する時のことばが、とっさに必然的に現れたものと思われます。なんと言う感性でしょうか! 感服してしまいます。

“ミュージカルの舞台”と記されており、おそらく劇団四季の舞台でしょうね。子どもからおとなまでをも感動させる舞台に納得です。私は来週、10月27日に帝国劇場でミュージカル『ラ・マンチャの男』の千秋楽を拝見させていただきます。18歳の時から見続けている舞台です。2012年8月以来3年ぶりとなり、60代半ばのおやじにどのような感動を与えてくれるのか今から楽しみにしております。カーテンコールで“おかわりぃ!”と、叫ぶのでしょうか…。

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ミュージカル『ラ・マンチャの男』 入場券で綴る46年の思い出 [オペラとミュージカル]

東京・帝国劇場でこの日曜日、4日からミュージカル『ラ・マンチャの男』が上演されております。s-ラ・マンチャの男 2015-09 朝日新聞記事.jpg

日本語版の初演は昭和44年(1969年)4月、当時私は18歳になったばかりの若造でした。その舞台のおもしろさに惹かれて2回ほど観劇した記録(入場券の半券)が手元に残っております。s-ラ・マンチャの男 1969-04-06 東京・帝国劇場.jpgs-ラ・マンチャの男 1969-04-29 東京・帝国劇場.jpg

この初演から数えて今年で46年の年月が過ぎました。大好きなこのミュージカルの思い出を手元の入場券でたどってみようと思います。まずは名古屋の名鉄・ホールまで出かけた思い出です。s-ラ・マンチャの男 1970-06-14 名古屋・名鉄ホール.jpg

昭和45年(1970年)6月、ブロードウエイ出演後の記念公演です。名古屋まで出かけるほど思い入れがあったのでしょうね。東京では同じ年の9月に日生劇場で行われました。s-ラ・マンチャの男 1970-09-26 東京・日生劇場.jpg

続く日生劇場は昭和48年(1973年)10月の記録です。s-ラ・マンチャの男 1973-10-08 東京・日生劇場.jpg

パンフレットの表紙も公演ごとに変わっております。初演1969年4月の帝国劇場と1983年7月の帝国劇場での表紙です。83年版は唯一の舞台セットで、イマジネーションをそそられる装置です。s-ラ・マンチャの男 1969-04 帝劇初演プログラム表紙.jpgs-ラ・マンチャの男 1983-07 帝劇公演プログラム表紙.jpg

さて2000年代にもなると入場券もコンピューターの発券による味気ないものに変わってしまいます。s-ラ・マンチャの男 2008-04-29 東京・帝国劇場.jpgs-ラ・マンチャの男 2012-08-16 東京・帝国劇場.jpg

切符は味気なくとも、舞台はどんどん濃くなり面白さが増しております。今回は10月27日、千秋楽の舞台を拝見させていただきます。日本初演から46年が経ち、演じるのは73歳の円熟した松本幸四郎さん、観るのは65歳近くなったシニアの私、これまでにない新しい感動が生まれるのでしょうか?楽しみで、楽しみで、いまからワクワクしています…。

写真は2012年8月、帝国劇場の正面入り口です。(アルドンサ役は松 たか子さん)s-ラ・マンチャの男 2012-08-16 東京・帝劇劇場.jpg

ミュージカル『ラ・マンチャの男』は私の人生と共に歩んできました。数えれば両手、両足の本数くらいの回数を観ております。今日紹介した入場券やパンフレットは一部のもので、私にとって宝物です。残りの人生にあとどのくらい増やせる事でしょうか。松本幸四郎さんがお元気で演じ続ける限り、私も観賞するつもりでおります。私も元気でいなければなりませんね…。

 


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『マリア・カラス』 録音60年前の歌声を楽しむ! [オペラとミュージカル]

マリア・カラスが遺した多大な録音テープが、ロンドン・アビー・ロード・スタジオで最新のデジタル技術によって復刻、販売されております。以前から単にCD化されたものは売られておりましたが、今回は最新の24-bit 96kHzのデジタル・リマスタリングで製作されております。その音質は驚くほどの鮮明さで、つい最近に録音されたものかと勘違いをしてしまうほどです。モノラルの録音でさえ左右の音の広がりが感じられる迫力があります。大好きなプッチーニのオペラ3作品を購入して楽しんでおります。各CD2枚組でも直輸入版なので1600円(税別)の安価です。紙ジャケットとアナログ・レコード盤を模したCDメディア面のデザインもお洒落で気に入っております。

録音された順に紹介をします。まずは『トスカ』です。カラスが最も得意とした作品で、録音は1953年です。

s-マリア・カラス 『トスカ』 01.jpgs-マリア・カラス 『トスカ』 02.jpgs-マリア・カラス 『トスカ』 03.jpgs-マリア・カラス 『トスカ』 04.jpg

私は1951年の生まれなので、録音時はまだ2歳です。狛犬に跨っている写真と姉たちに囲まれた写真が残っています。3人だと縁起が悪いと言われてキューピーさんを抱いています。s-近所の神社で狛犬に乗って 1953年頃.jpgs-姉弟揃って 1953年頃.jpg

続いて『マダム・バタフライ』は1955年、『ラ・ボエーム』は1956年の録音です。

s-マリア・カラス 『マダム・バタフライ』 01.jpgs-マリア・カラス 『マダム・バタフライ』 02.jpgs-マリア・カラス 『マダム・バタフライ』 03.jpgs-マリア・カラス 『マダム・バタフライ』 04.jpg

s-マリア・カラス 『ラ・ボエーム』 01.jpgs-マリア・カラス 『ラ・ボエーム』 02.jpgs-マリア・カラス 『ラ・ボエーム』 03.jpgs-マリア・カラス 『ラ・ボエーム』 04.jpg

1955、56年には幼稚園にあがり、同時にピアノを習っておりました。入園式の写真と、習っていた“クララ・ピアノ教室”発表会の時の写真です。ガール・フレンドのじゅんこちゃんと一緒です。s-石川幼稚園入園式 1956年4月 .jpgs-クララ・ピアノ教室発表会 純子ちゃんと 1956年.jpg

私のこれらの写真当時、日本ではまだ海外の渡航は自由化されておらず、1ドル=360円の時代でした。遠く海を渡ったイタリア・ミラノでは、円熟期のカラスがその美声を披露していたのです。幼かった私には想像すら及ばない出来事です。それが今、我が家のお茶の間で当時のカラスが甦っているのです。60年ほど前、私の年齢に相当する過去に録音された演奏を楽しんでいるのです。オペラ大好きな私にとってなんと言う悦びでしょうか。ここまで生きてきたことに感謝です!

さて、まだまだ欲しいカラスのオペラがあります。『トゥーランドット』、『カルメン』、『椿姫』などなど…、おいしいものはあせらずに少しづついただきましょう。味を噛みしめながら…。

最後の写真は『椿姫』ロンドン・ロイヤル・オペラ 1958年(Wikipediaより)とカラスのオフィシャル・サイトから私の大好きな『ポートレート』です。

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ミュージカル『王様と私』初観劇から半世紀… [オペラとミュージカル]

6月7日、第69回トニー賞の授賞式がニューヨークで開催されました。4月から往年の名ミュージカル『王様と私』がリバイバル上演されて、王様役の渡辺 謙さんがミュージカル主演男優賞にノミネートされましたが、残念ながら受賞は逃しました。それでも、ミュージカル部門の作品賞、主演女優賞、助演女優賞、衣装デザイン賞を獲得しました。写真は授賞式で披露されたシーンです。s-王様と私 渡辺謙004.jpgs-69回トニー賞・新聞記事.jpg

ミュージカル『王様と私』は私が生まれた年、1951年にブロードウエイで上演されて大ヒットをして、56年にユル・ブリンナーとデボラ・カーにより映画化がされました。s-映画『王様と私』 ユル・ブリンナー&デボラ・カー01.jpg

日本には、1965年4月に東宝製作で大阪梅田コマ劇場で初演。越路吹雪と歌舞伎役者の市川染五郎(現・松本幸四郎)のコンビでセンセーショナルな話題となり、その年の12月にそのままのスタッフ、キャストで東京凱旋公演となりました。千秋楽12月27日の舞台を14歳、中学2年生で観劇して大感激した記憶がいまだに残っております。ミュージカルの舞台の楽しさを教えてくれて、早や半世紀が過ぎようとしております。当時のパンフレットとチケットの半券です。s-王様と私・パンフレット 65年12月東京宝塚劇場公演.jpg

s-王様と私・チケット 65年12月東京宝塚劇場公演.jpg

渡辺 謙さんの舞台はニューヨークのリンカーン・センターで上演されておりますが、私が初めて『王様と私』のレコードを手にしたのは、ブロードウエイ・オリジナルキャスト盤でもサントラ盤でもなくて、64年夏のリンカーン・センター・キャストによる録音で、65年に日本発売になったLPレコードです。おそらく東京宝塚劇場での興奮が覚めやらぬまま、当時の最新録音盤を購入したものと思われます。半世紀を経て、期せずしてリンカーン・センターつながりとなってしまいました。s-LPレコード・ジャケット 64年リンカーン・センター公演キャスト.jpg

このLPレコードのあと、92年に発売になったCDが今では一番好きです。s-王様と私・CDジャケット.jpg

次の写真は左より、マイケル・ゴア(プロデューサー)、ジョン・マウチェリー(指揮)、ロジャー・ムーア、リー・サロンガ、ジュリー・アンドリュース、ベン・キングスレーs-『王様と私』CD スタッフ&キャスト ジュリー・アンドリュースほか.jpg

映画版のシナリオを基にして製作されたこのCDは、アンナをジュリー・アンドリュース、王様をベン・キングスレー、タプティムをリー・サロンガー、ほかにもロジャー・ムーアやマーティン・シーンなど舞台上演では考えられないスターを揃えております。セリフも一部収録されておりますので、聞いているだけでも感動してしまいます。東京宝塚劇場の配役と同じく、もう二度と顔合わせの出来ないメンバーです。

半世紀に亘る『王様と私』の思い出を綴ってきましたが、渡辺 謙さんの舞台が無性に観たいです。ノミネートされただけでも快挙!です。あらためて、おめでとうございます…

 


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