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映画『沈黙 -サイレンス- 』 [お気に入りの映画]

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2010年の秋、遠藤周作の名作“沈黙”が、米国マーティン・スコセッシ監督により映画化されることが報道されました。すでにロケハンを終えて、日本人俳優をオーデションで選考中との内容でした。それから丸々6年が経ち、なんの音沙汰もないためにてっきり中止になったものと思い込んでおりました。ところが突然に映画館のスポット・ニュース映像にスコセッシ監督自らが表れて、17年冬に公開されることが映し出されました。驚き、そして大喜びをしてしまいました。

スコセッシ版は『沈黙 -サイレンス-』。制作発表の写真と撮影風景の写真です。

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原作本である遠藤周作の“沈黙”と出会ったのは1971年二十歳の時、もう45年も昔になります。小学生の時にクラシック音楽に興味を持ち、突き詰めていくとクラシック音楽の原点=宗教音楽=キリスト教となり、その当時から音楽を始めとして映画や書物などからむさぼるようにキリスト教を吸収しておりました。そして二十歳の秋に日比谷・スカラ座で篠田正浩監督の映画『沈黙』と出会いました。当時のパンフレットが手元にありますので、表紙と掲載写真の一部を紹介します。

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s-映画『沈黙』篠田正浩1971 パンフレットより 02.jpg

映画が先か、原作本が先か、今となっては記憶があいまいですが、両者ともに強烈すぎるほどの衝撃が当時の私に襲い掛かりました。信仰心とは?、生とは?、死とは?、ストレートで問いかけてきます。日本人の美学についても考えさせられますが、神の“沈黙”を描きながらもそこには究極の“愛”の姿があります。

私もすでに65歳となり、45年前と比べ“死”にかなり近づいております。私はクリスチャンではありませんが、残りの人生は自然にゆだねることにしており、生きることや死ぬことにあらがう気持ちはありません。

スコセッシ版の『沈黙 -サイレンス-』は来年1月に日本公開となるそうです。遠藤周作の“沈黙”には人種や国境を越えて、すべての人類に対するテーマが含まれております。映画館でどのような感動が待ち受けているのでしょうか。今から楽しみです…


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